中国地方における最大の都市は、いうまでもなく120万人都市・広島市である。だから中国地方=広島というわけで、中国地方に住んでいる人はどうせみんなカープファンなんでしょ、などと思っている人もいるとかいないとか。

だがしかし、である。筆者はどちらかというと鉄道周りの仕事を中心にしているので、鉄道ネットワークを基準に町を見てしまうクセがある。それに準じると、中国地方の中核は広島ではなく、間違いなく岡山なのだ。(全2回の1回め/ 後編を読む )

山陽新幹線“ナゾの桃太郎の駅”「岡山」には何がある?

なぜ「岡山」は“大都会”なのか

何よりスゴいのが岡山駅の交通結節点としての存在感だ。山陽新幹線「のぞみ」が停まるのは広島も同じだが、岡山駅から分かれている路線のパワーがスゴい。

山陰方面、出雲大社に詣でるならば伯備線という特急も走る陰陽連絡の大動脈が出ているし(正確には伯備線は倉敷駅が起点だが、運行面では事実上岡山駅が起点だ)、瀬戸大橋を渡って四国を目指すアンパンマン特急も岡山駅が出発地点。

あとは岡山県央の津山に向かう津山線だったり、岡山の町よりちょっと内陸の神社仏閣を結んで走る吉備線だったりもあるが、とにかく伯備線と瀬戸大橋線の存在感に圧倒される。つまるところ、岡山駅は山陽地域の真ん中にあって四国方面・山陰方面どちらかへの大動脈を従えている、まさしく交通の要衝なのである。

それだから、というわけではないが、よく旅をする人は岡山駅をきっと利用したことがあるだろう。しかしそれでも、新幹線からの乗り換え、である。

岡山駅から外に出てみる機会は案外に少ない。ちょうど昨年末の12月、筆者も四国を訪れる用事があったのだが、そのときも岡山駅は通過するだけであった。交通の要衝というのは、利用するお客にとっては乗り換え、通過、中継点程度の存在でもあるのだ。

でもですね、“大都会”なんてネットで揶揄されたりもしている岡山のターミナル。岡山市は人口約72万人の政令指定都市だし、なんとなく駅がとてつもなく立派なんだろうということは乗り換えだけでもよくわかる。いったいぜんたい、どんな駅なのでしょうね……。

『銀河鉄道999』に『いい日旅立ち』…名曲が流れる“ずいぶん広い構内”

そういうわけで、東京から新幹線に揺られること3時間とちょっと、岡山駅にやってきたのである。大都会のターミナル、何があるのでしょうか。

#ゴダイゴ の『銀河鉄道999』が発車メロディで流れる新幹線ホームから階段を降りると、在来線に直接つながる連絡改札と橋上駅舎の自由通路に出る改札口が待っている。岡山駅は、地上にJRの在来線が通り、2階に改札口などがある橋上部分、3階に新幹線のホームがあるという3層構造になっているようだ。

新幹線は2面4線とありふれたものだが、在来線は実に4面10線。駅の東側にある新幹線側の在来線ホームを主に山陽本線が使い、真ん中に瀬戸大橋方面の列車、西の端っこは津山線・吉備線というディーゼルカーだけが走る路線の列車が使っている。東から西まで、ずいぶん広い構内を持つターミナルだ。

構内をうろうろしていると、ときおり各ホームの発車メロディが耳に聞こえてくる。新幹線はゴダイゴだったが、在来線は『いい日旅立ち』や『瀬戸の花嫁』などなど。なんともまあ、旅情を誘うメロディーばかりだ。さすが、中国地方における最大の交通の要衝である。

改札口を抜けると…

いつまでも駅の構内をうろついていても、これは乗り換えだけで岡山駅を使うお客も知っている範囲内。なので外に出ねばならない。改札口を抜けた先、自由通路を間に挟んで「さんすて岡山」なる商業施設がある。

「さんすて」というのは岡山あたりでよく見かけるJR西日本系列の駅ビルの商業施設。つまりこの中に入れば、お買いものもできるし食事もできるし土産物も買える。東京の人にもわかりやすく言うとすれば、アトレみたいなものだと思っていただければいいと思う。

東から西まで幅の広い岡山駅を跨ぐ自由通路は、西側が「運動公園口」、東側が「後楽園口」と名付けられている。

運動公園口と名付けられているからには駅の西側には運動公園があるわけで、少し北に離れたところに岡山県総合グラウンドという陸上競技場から体育館(アリーナ)、野球場まで揃った文字通りの運動公園がある。

もともと陸軍の練兵場だったところを1962年の岡山国体にあわせてそのメイン会場として整備されたものだ。岡山県では2005年にも国体(晴れの国おかやま国体)が開催されており、その際に建て替えなど再整備が施されている。

対して東側、「後楽園口」はもう詳しく語る必要もないのではないか。偕楽園・兼六園と並んで日本三大庭園のひとつにあがる景勝地・後楽園である。旭川を間に挟んで岡山城と向き合うように広がる岡山藩主の庭園だ。

といっても、運動公園と同じく駅からは少々距離がある。ほんのちょっと、駅前の目抜き通りを走る路面電車に乗って岡山城のふもとまで行って、旭川を渡らねばならない。

この岡山城や後楽園の存在からわかるとおり、岡山は池田氏が治めた岡山藩の城下町がルーツだ。だいたい古い城下町がルーツの地方都市は、ふたつのシンボルを町の中に持っている。近代以前の町の中核だった城、そして近代以降に町の玄関口になった鉄道の駅である。

この旧時代のシンボルたる城と近代化のシンボルたる駅が対になって、両者の周囲に官公庁街やオフィス街、繁華街などが集まっている。これが日本の多くの地方都市に共通する特徴といっていい。

「そう、岡山といえば桃太郎なのである」

岡山もまさにその例に漏れず、市街地の東側に岡山城があって、間に岡山の繁華街や歓楽街を挟んで西側に岡山駅があるという構造をしている。その間をほとんど一直線に結んでいるのが、路面電車も走っている目抜き通り、その名も「桃太郎大通り」である。

そう、岡山といえば桃太郎なのである。岡山出身の人が帰省するときまって吉備団子を土産に持ってきて、仲間になれと押しつけてくるが、それはともかく岡山はとにかく桃太郎イメージが強い。

岡山=桃太郎のイメージは、岡山駅にやってきた時点ですでに圧倒的に植え付けられる。駅前に出ると広場のど真ん中に犬猿雉を従えた桃太郎の像があるし、駅前ポストの上にもかわいらしい桃太郎が乗っかっている。駅前から伸びているアーケードの商店街の入口にもまさにパカッと割れんとしている桃がぶら下がる。

件の通り駅前目抜き通りも桃太郎大通りといい、その桃太郎大通りの入口には妙に生々しい桃太郎の像がこれまたあって……。

と、このように「岡山ってどんなところなんだろう」とのんきにやってきた人の脳内を、瞬く間に桃太郎で埋め尽くすようになっている。それどころか、駅の中に戻ってどの列車に乗ろうかな、などと路線図を見ると「桃太郎線」などというナゾの路線が書かれている。岡山〜総社間を結ぶローカル線・吉備線に桃太郎線という愛称を付けて呼んでいるだけのことなのだが、なんともまあ、徹頭徹尾桃太郎、なのだ。

「岡山=桃太郎」はいつから?

桃太郎は、日本中の人が知っている定番の昔話だ。だから別にここであらすじを追いかけるつもりはない。ただ、岡山駅さん、そこまで桃太郎をアピールしなくてもいいんじゃないですかね、とは少し思う。もはや、「なんで岡山って桃太郎なの?」と疑問を抱く人もあまりいないのではなかろうか。いつしか、日本人には桃太郎は岡山発祥の物語、とすり込まれているのだ。

ところが、調べてみると岡山=桃太郎になったのは実はそれほど古いことではないという。昭和のはじめ、難波金之助という人物が『桃太郎の史実』という本を書き、吉備地方に伝わる温羅伝説が桃太郎のお話とよく似ているよね、だから桃太郎の舞台は岡山だよね、と主張したのだ。これがきっかけになって、いつしか岡山は桃太郎の町になった。

山梨の大月やら香川の高松やら愛知の犬山やら、桃太郎ゆかりの地は全国あちこちにある。そもそもがフィクションの物語だし、岡山が桃太郎発祥の地であるという確たる証拠はないようだ。

まあ、発祥の地論争というのはあらゆるものについてまわるものだし、どこが発祥であっても今の日本人の暮らしには何の影響もないから好きにやればいい。いずれにしても、今や多くの人が岡山と桃太郎を結びつけるようになっている。それには、駅前の桃太郎アピールがいくらかは貢献しているのかもしれない。

ちなみに「吉備団子」は…

ちなみに、岡山=桃太郎のイメージをより強固なものにしているのがお土産の吉備団子。この吉備団子、桃太郎アピールをするために作り出されたものではなく、岡山=桃太郎になるより遙か前の江戸時代末頃から作られていたという。それにそもそも、岡山銘菓は吉備団子、桃太郎がお腰に付けているのは黍団子ですからね。

戦前の地図にまったく見当たらない桃太郎大通りのナゾ

さて、そんな桃太郎アピールのひとつである岡山駅前の桃太郎大通りのお話である。まっすぐに岡山城に向かって伸びている、とてつもなく幅の広い大通りだ。この大通り、戦前の古い地図を見るとまったく見当たらない。戦災で焦土と化した岡山の町を復興するにあたって、戦後新たに整備された大通りが桃太郎大通りなのだ。

近世まで岡山最大のシンボルだった岡山城の正門(大手門)は、城の南側にあった。当時の大街道・山陽道は旭川の東側から城の南を回り込むように通って市街地の真ん中で進路を北に変え、後楽園の向かいあたりで再び西に曲がって伸びてゆく。こうした街道の道筋からもわかるように、岡山城の南がもとの岡山の中心であった。

それが1891年に岡山駅が開業したことで状況が変わってゆく。町の西外れに岡山駅が生まれ、中国鉄道本線・吉備線(現在のJR津山線・吉備線)が乗り入れ、さらに1910年には宇野線が開業、四国への連絡ルートの中継地点に成長する。岡山駅は岡山城にかわる町のシンボルとして飛躍的に発展したのだ。

中心はそれほど動くことはなかったが、岡山駅の発展によって市街地は駅の方向に向けて拡大していった。開業時には町外れだった岡山駅の周囲には広大な車両基地が整備されたが、それを呑み込むように市街地が駅に向かって押し寄せてきた。

現在の「岡山」は21世紀以降に誕生

1959年には地下街が開業。駅のすぐ南側には貨物列車のための施設があったが、山陽新幹線の開業が決まるとそのジャマになるということで1969年に貨物施設は西側に移転するなどの変化もあった。

本格的に現在の岡山駅の姿ができあがったのは2000年代以降のことで、2006年に駅舎が橋上化、「さんすて」もこのときに開業している。運動公園口(西側)も古い駅舎が2007年に閉鎖され、2010年に重層構造の交通広場が整備された。2012年になっていまの岡山駅が完成している。まさに岡山の町の重心が城から駅に向かって少しずつ移っていくのと歩調を合わせるように駅そのものも大発展していったのだろう。

そして、その途上、岡山=桃太郎という概念が現れて、町づくりの過程ですっかり定着していった。それが、駅前に桃太郎の像がいくつも鎮座する岡山駅を作り上げた。2014年には駅の南側にイオンモール岡山もオープン。郊外ばかりに構えてきたイオンモールが初めて駅の近くに出店した、イオンモール的にも記念すべき店舗だという。

駅ビル「さんすて」に地下街、そしてイオンモール。もはや、岡山駅にはすべてが揃っているといっていい。ターミナルとしてはまさしく完全無欠。旅の途中で乗り換えるだけ、通り過ぎるだけ、などと言っては桃太郎に……いや、岡山の町に失礼ではなかろうか。まあ、そんなことを言っても筆者とてろくに岡山観光もせずに東京に戻ってしまったのですが。

写真=鼠入昌史

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誰もいないはずの駅に…ホラーみたいな「人がいる無人駅」のナゾ へ続く

(鼠入 昌史)

#山陽新幹線 #中国地方 #都市 #広島市


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