「軽便(けいべん)(小型)鉄道の停車場の近くに、猫の第六事務所がありました」——。東京都荒川区の生涯学習施設で昨年12月、甲高い拍子木の音に続き、三橋とら=本名・依田優子=さん(38)のテンポの良い語りが始まった。観客の高齢者たちに披露されたのは、宮沢賢治作「猫の事務所」の紙芝居。三橋さんにとって、紙芝居は「お客さん同士が話したり、席を譲ったり、誰かの一言で泣き笑いしたり。感情を共有できる社交場」だ。

紙芝居の源流は、江戸時代、ガラス板に描いた絵を幻灯機で和紙に映写して観客を楽しませた「写し絵」という。その後、棒の先に付けた紙人形で芝居を見せる「立絵(たちえ)」に姿を変え、ここから紙芝居と呼ばれるようになった。

1923(大正12)年の関東大震災や29(昭和4)年の世界恐慌の後、失業者が元手のかからない「立絵」に飛びつき、紙芝居屋が急増。30年代に現在の紙芝居の形になり、最盛期の50年代には全国に5万人の紙芝居屋がいたという。

「紙芝居は、先人が不況の中で生き残るために知恵を絞って考え出した仕事なんです」と三橋さん。しかしテレビの普及で紙芝居屋は徐々に減り、現在では数えるほどしかいない。それでも「こんなに密で温かいエンターテインメントは他にはない」と魅力を語る。

荒川区生まれの三橋さんが紙芝居屋を始めたのは2011年。役者を目指していたが、現実は厳しいと感じていたとき、ボランティアで紙芝居をしていた母の紙芝居道具を見つけ、自分もやってみようと思い立った。

全国各地の教育施設や高齢者施設などから依頼を受けるうちに人気が出て、月25万〜30万円は稼げるようになった。17年には紙芝居をしたいという10人ほどのメンバーで「東京したまち紙芝居の会」を旗揚げし、新しい紙芝居を模索し始めた。

しかし、20年に始まったコロナ禍で人を集める紙芝居は大きなダメージを受け、仕事の依頼はゼロに。一時はやめようと悩んだが、昨年10月に久々に仕事を依頼されたとき、観客の笑顔を見て「やっぱりこの文化を残したい」と思い返した。

今は「紙芝居の会」の会員も23人に増加。昔話に現代の環境問題を絡ませて新しい物語を創作したり、リモートによるパブリックビューイングで披露したりするアイデアを検討している。「若い人が仕事にしたいと思えるような稼げる仕組みを作りたい」。三橋さんは奮闘を続ける。【小林遥】

記者の一言

私が「東京遺産」として紙芝居を残したいのは、万能とも思われるAI(人工知能)が決して代役を果たせない人間味あふれる文化だからだ。話術や紙を抜くタイミング、太鼓の強弱——。全てが紙芝居屋ごとに異なり、演じ手の個性があふれている。近年はタブレットを使う紙芝居屋もいるが、話すのも、スワイプする(画面で指を滑らせてページを変える)のも、音を調整するのも、やはり人だ。それこそが、紙芝居の醍醐味(だいごみ)だと思う。

#不況 #知恵 #荒川 #学習


「不況を生き残る」先人の知恵が生んだ紙芝居屋 文化の継承へ奮闘

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