秋田県とJR東日本は7月26日、「秋田新幹線新仙岩トンネル整備計画の推進に関する覚書」を締結したと発表した。実現した場合、盛岡~秋田間の所要時間は約7分短縮され、東京~秋田間は最短で3時間半、多くの列車が3時間40~50分台で運転可能になる。

2010年度土木学会で発表された、新仙岩トンネルの3ルート案 赤が最短ルート、青がトンネルをやや短縮したルート、橙が赤渕駅側の沢を避けたルート(地理院地図を加工)

ちなみに、「仙岩」は秋田県仙北郡と岩手県岩手郡にまたがる「仙岩峠」のトンネルという意味だ。奥羽山脈のうち、秋田県と岩手県の中部にあたり、大久保利通が「仙岩峠」と名づけた。現在は田沢湖線と国道46号にそれぞれ仙岩トンネルがある。

新仙岩トンネルの計画区間は、秋田新幹線「こまち」が乗り入れる田沢湖線の赤渕~田沢湖間。約15kmのほとんどがトンネルとなる。現在の駅間距離は18.1kmだから、直線的な線路配置によって約3kmの短縮となる。工期は着工から約11年。ただし、着工までに用地決定や収用、設計、環境影響評価手続きなどが行われる。早くて数年、大体10年程度かかる。地形などの調査は事前に予備的に行われており、用地のほとんどが山林だから、完成は早くて15年後になるだろう。

事業費は約700億円。「たった7分の時間短縮のためにそんなにお金をかけるのか」という声も聞こえそうだが、まず「それは違う」と申し上げたい。この計画は時間短縮の他に、運休防止、定時運行確保、他地域の新幹線の遅延防止、既存線路の老朽化対策など、さまざまな問題を一気に解決する。その効果は秋田県にとどまらず、東日本全体に及ぶ。国の事業としても良いくらい国土発展に貢献する。

■新トンネルは何を解決するか

報道発表された「覚書の概要」によると、「この覚書は整備計画の早期実現に向けた基本的事項を定める」「秋田県とJR東日本は本整備計画の早期実現に向けて、緊密な連携と情報交換に努める」「事業スキーム(枠組み)確定、事業化に必要な調査及び検討、国への財政支援の働きかけ」を実施するとのこと。簡単に言うと、「着工に向けてできるところから着手しましょう、お金の話もしていきましょう」ということになる。

新仙岩トンネルの構想は、2010年度に土木学会で発表された「秋田新幹線の線区改善に関する一考察」がきっかけだった。発表者はJR東日本東北工事事務所の渡邊大輔氏。この論文では、秋田新幹線の現状と課題として5項目が挙げられた。要約すると以下の通り。

(1)速度制限が多い
盛岡~秋田間の最高速度は時速130km。しかし、実際に130km/hで走行可能な区間は全体の23%しかない。とくに赤渕~田沢湖間は、仙岩トンネルが120km/hを出せる他は60~70km/hしか出せない。

(2)単線行き違いによる所要時間の増加
盛岡~秋田間約127kmのうち、複線区間は約10カ所。行き違いのための停車時間が長く、旅客扱い以外の運転停車も多い。

(3)所要時間増加の懸念
東北新幹線高速化後の盛岡駅発着時刻変更により、(2)の増加が懸念される。

(4)自然災害の影響を受け、東北新幹線にも影響する
赤渕~田沢湖間は雪・雨・強風の自然災害がとくに多く、遅延が東北新幹線に影響する。抜本的な対策が必要。

(5)橋りょう設備の老朽化
経年40年以上の橋りょうが赤渕~田沢湖間に集中している。急曲線も多く、橋りょう架け替えの配線変更が困難で、仮設道路や仮桟橋が必要。架け替えの費用と工期は膨大で、長期運休も伴う。

これらの問題を一気に解決する方法が新仙岩トンネルだ。5項目の中でも、秋田県が重視した項目が(4)、とくに運休だ。そしてJR東日本が重視した項目は(5)である。地方ローカル線の設備は老朽化しており、保全工事によって安全性を確保して維持するか、廃止してバス転換するかの2択しかない。

■フル規格の奥羽新幹線を待てなかった「こまち」

田沢湖線の歴史は古く、1922(大正11)年に盛岡駅付近、1923年に大曲駅付近の区間が開業し、それぞれ延伸。しかし戦中に不要不急路線とされ、工事は中断した。県境区間の赤渕~田沢湖間の開業は1966(昭和41)年である。計画当時のトンネル技術が未熟だったことと、蒸気機関車が前提だったため、長大なトンネルを避けた。地形になるべく沿うように作られたため、曲線や勾配区間をいくつも経て、ようやく約4kmのトンネルで分水嶺を超えた。

国が全国に新幹線網を作ろうとしたとき、秋田新幹線の計画はなかった。東京~秋田間は福島~山形~秋田間の奥羽新幹線が計画されていた。しかし、奥羽新幹線の建設優先順位は低く、建設のめどが立たない。一方で東北新幹線が盛岡駅に延伸すると、田沢湖線経由の急行「たざわ」の利用者が増えた。田沢湖線は輸送力強化のため電化され、特急「たざわ」は定期列車が1日14往復になるほどの人気だった。

その後も奥羽新幹線の計画は進まず、福島~山形間をミニ新幹線として直通させる計画が決まった。そこで秋田県もミニ新幹線の田沢湖線乗入れを要望し、田沢湖線の線路を標準軌化するなどの改良工事が行われた。当初は軽便鉄道として建設が始まった田沢湖線を大改造し、なんとかミニ新幹線車両を走らせた。これが秋田新幹線「こまち」だ。

秋田新幹線「こまち」

奥羽新幹線のフル建設、開業のめどが立たない現状で、秋田新幹線「こまち」を維持したい。その抜本的な対策として新仙岩トンネルがある。今回の覚書で示された約7分の所要時間短縮は、「秋田新幹線の線区改善に関する一考察」と一致している。この中で、新仙岩トンネルは3ルートが示され、単線でトンネル内に行き違い用の信号場が示されていた。「覚書」もこの案に沿っているようだ。

■2020(令和2)年に経済波及効果分析等調査を実施

「秋田新幹線の線区改善に関する一考察」を受けて、2010年の秋田県議会で新仙岩トンネルを長期構想と位置づけた。JR東日本も2015年から地質調査を開始、2017年、秋田県に「建設費用は大きいが維持費は現在より低くなり、運行状況も改善される」と説明した。2018年7月には、秋田県の自治体など31団体による「秋田新幹線防災対策トンネル整備促進期成同盟会」が設立された。この時点で、新仙岩トンネルの趣旨がスピードアップではなく、自然災害時の運行維持だとわかる。

2020(令和2)年3月、秋田県交通政策課は「秋田新幹線トンネル整備に伴う経済波及効果分析等調査」の結果を発表した。秋田新幹線トンネル整備構想の概要には、整備効果の筆頭に「防災対策の強化」、次に「運行の安定性・定時性の向上」があって、高速化は3番目。続いて「交流人口の拡大」「県民生活の利便性向上 等」がある。

新仙岩トンネルの開通によって、秋田県を訪れる人は1日あたり110人増える。年間で4万人以上増える計算になる。この人数と短縮時間で簡易に便益を試算したところ、年間11億円の便益があった。一方、自然災害の運休について、2013(平成25)年8月の大雨は23日間で遅延運休が約1,200本、総遅延時間は約1万6,000分、15万人に影響し、利用者側は約2.4億円の損失、地域側は観光収入減など約2.8億円の損失となった。「ひとあめ3億円の被害」である。

新仙岩トンネルにおける秋田県訪問客増加は年間約4万人、その経済波及効果は約6億円と小さい。しかし、自然災害によるマイナスのほとんどが解消されるため、トンネル整備(建設投資)による経済波及効果は約1,113億円になるという。これなら約700億円の価値はある。自然災害で直接被害を受けるJR東日本としても、この数字は見逃せない。

■もう一方の当事者、岩手県は費用負担を懸念

秋田魁新報は7月27日付記事で、「JR東日本が建設費の6割負担」と報じている。これは国の「幹線鉄道等活性化事業費補助制度」による。国が総費用の2/10を負担、ただし自治体と同額以内が条件だ。国から満額を得るためには、自治体も2/10を負担する。残り差し引き6/10がJR東日本の負担分となる。

ところで、自治体といえば岩手県も当事者だ。仙岩峠は秋田県と岩手県にまたがっている。その岩手県は静観の構えである。2018年に結成された「秋田新幹線防災対策トンネル整備促進期成同盟会」に岩手県は参加していない。同年6月の岩手県知事会見では、秋田新幹線のリスクは承知しているとしつつも、「黒字会社であるJR東日本の責務として事業化を期待」しているとし、加盟については検討中とした。

同年7月の知事会見では、「費用負担について地元負担ありきではないという形であれば、実現する運動に岩手としても大いに参加したい」とし、計画は賛成だが費用負担は慎重な態度だった。これは受益者負担という視点で当然だろう。岩手県から秋田県への交流需要は小さい。秋田県からも岩手県への交流需要は小さい。したがって、「新仙岩トンネル」は秋田県と関東・東京の交通問題である。当事者は秋田県とJR東日本、国土強靱化であれば国も加わるが、岩手県のメリットは薄い。

2021年7月30日の岩手県知事会見は、秋田県とJR東日本が「覚書」を交わした直後であったが、知事から秋田新幹線について語られず、同席した記者からも質問はなかった。2018年の考え方が浸透したと言えそうだ。

岩手県が費用負担には応じられない事情はわかった。ただし、朗報は岩手県が「反対していない」ことだ。つまり、追い風でも向かい風でもない。もっとも、今後の環境影響評価で岩手県知事も関わることになる。「自然環境破壊反対」「川の水が涸れるから反対」というような話になると、話が進まない。JR東日本は環境影響評価について、岩手県とも意思の疎通を図り、真摯に対話を進めていく必要がある。

岩手県も無関心というわけにはいかない。遠い将来の話として、奥羽新幹線フル規格開業時を考えると、東京~秋田間の新幹線は盛岡駅を経由せず、盛岡~秋田間の鉄道交通が秋田新幹線開業前に戻ってしまうかもしれない。田沢湖線の高速化は、秋田県との交流において、岩手県にとっても重要な財産になるはずだ。

#新線 #新幹線 #JR東日本 #電車


秋田新幹線新仙岩トンネル整備計画、最高速度で進めてほしい

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