中国東部・浙江省温州市で起きた高速鉄道事故から、23日で10年となる。中国政府は事故直後から関連報道の規制に躍起となり、今も批判再燃を警戒する。 #習近平 (シージンピン)政権は、事故など存在しなかったかのように高速鉄道網の拡大を続け、国威発揚に利用している。(温州 南部さやか)

7月中旬、事故現場周辺を訪れると、靴の製造工場や建設中のマンションが目についた。近くに高い建物が見られなかった10年前とは様変わりしたようだ。

事故車両が埋められた一帯は柵で囲われ、雑草が生い茂っていた。一見しただけでは事故の跡は見いだせないが、記者には当局者8人の尾行がついて回った。

事故当時、周辺にいた住民は、大部分が開発に伴って立ち退かされた。事故車両からけが人を救出する活動にあたった男性(67)もその一人だ。「事故は風化したように見えるが、助けを求めて泣き叫ぶ声が耳から離れない」と明かした。一方、事故後に移り住んだ現在の住民には、事故を知らない人さえいるという。

事故発生直後は、当局のずさんな処理を巡って「人命軽視」「証拠隠滅」と遺族らの怒りが爆発した。普段は当局に従順な中国メディアも独自取材を繰り広げ、真相究明を訴える遺族を後押しした。

批判の矛先が政権に向かうことを恐れた当局は、事故の翌日から、独自報道自粛を求める通達を出した。抵抗するメディアもあったが、規制は徐々に強まり、1年後には事故を振り返る特集もほとんど見られなかった。当時現場で取材した中国誌の男性記者(46)は、今は「事故報道は一切できない」と言葉少なに話した。

事故で両親を亡くした女児(当時2歳)の叔父のSNSには、今も女児を気遣うコメントが届く。叔父は7月上旬、「中学生になった。苦しいこともあったが、ここまで成長した」と書き込んだ。事故に直接言及することは避けた。

別の遺族男性のアカウントは、事故1か月後から更新されていないが、「悲劇を永遠に忘れない」といった投稿が今も寄せられる。

事故前の2010年末、中国の高速鉄道の営業総距離は8358キロ・メートルだった。20年末には約3万8000キロ・メートルと4倍以上に達し、世界最長となった。経済発展の象徴である高速鉄道は、巨大経済圏構想「一帯一路」の下、海外への輸出も進む。

「高速鉄道は、我が国が独自に作り上げた成功の模範例だ」

習国家主席は1月、北京 #冬季五輪 の競技会場視察のために訪れた高速鉄道駅で自賛した。悲惨な事故だけでなく、日本やドイツから鉄道技術の提供を受けた歴史も、なかったことにされているようだ。

高速鉄道事故=2011年7月23日、温州市内の高架線を徐行運転していた列車に、後方から来た列車が追突した。4両が脱線、地面に落下し、乗客ら40人が死亡、172人が負傷した。事故車両を破壊して地中に埋めた上、事故2日後に運行を再開した当局の姿勢に批判が噴出した。政府の最終報告書は、信号機の欠陥や作業員の安全意識の低さなどを原因に挙げ、「人災」だと認めた。

#事故 #中国 #高速鉄道 #浙江省


中国鉄道事故10年、痕跡消え「報道は一切できない」

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