日本の鉄道でディーゼル機関車(DL)の代名詞だった「DD51」形が希少になっている。国鉄が1962〜78年に約650両製造した大型機。朱色をまとい、エンジンをうならせて客車や貨車をけん引する姿は多くの非電化区間で見られたが、老朽化や客車列車の激減などで廃車が進み、昨秋時点でJR東日本に2両、JR西日本に8両、JR貨物に6両が残る。いずれも定期運用はなく、出番は臨時の団体列車やレール・砕石といった保線物資の貨車のけん引などに限られる。【鶴谷真】

DD51が特に君臨したのが非電化区間の長い山陰線で、鳥取県西部の米子駅に隣接する基地はその要所だった。石井幸孝著「DD51物語」(JTBパブリッシング)によると、DLが蒸気機関車(SL)に引導を渡してまもない1976年3月時点ではDD51だけで41両、他の形式を含めれば94両ものDLが所属していた。

その前年の75年に米子工業高の機械科を卒業して国鉄入りし、現在はJR西日本米子支社後藤総合車両所運用検修センター車両管理係の加藤志信(しのぶ)さん(64)は、SLなき後の人とモノの移動を支えるDD51を手塩にかけて整備してきた。「子供みたいなもんだけん。故障を直せたら『やったがな!』ってうれしいですわ」

87年春の国鉄分割民営化以降は山陰線の客車列車が減り、DD51の晴れ舞台だったブルートレイン「出雲」も2006年3月に廃止。米子には今やDD51は2両、観光列車「奥出雲おろち号」用などの小ぶりなタイプを含めてもDLは6両まで減った。電球やねじ一つとってもスペアは極端に乏しい状態だ。栄光の時代を知る加藤さんは「そりゃあ寂しいです。こいつは出足が良くて力が強くて……」と、車庫に収まるDD51を誇らしげに見上げた。若手に伝えたいことは? 「やっぱりクルマ(鉄道車両)を好きになること」

その薫陶を受けるのが、米子工業高の後輩、林原大貴さん(28)だ。DL6両は70〜77年に製造された古参ぞろいのため電子機器はほとんどない。「装置に不具合があれば、原因が電気的なのか機械的なのかを分類して究明していきます。現代の車両ならプログラミングされて見えないことが電気回路で見える。『こうしたら、ああなる』って分かるんです。DLはどんな新型車両にも応用できると思います」と力強い。手で触って直すという機械の基本がここにあるのだろう。

出番が減っているDD51だが、常にアイドリングしたり基地構内を往復したりして性能の維持を図っている。物言わぬ機関車とそれを守るエンジニアの姿に背筋が伸びる思いがした。

#ディーゼル #国鉄 #製造


廃車進むDD51、雄姿今も 「触って直す」エンジニアの誇り

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