千葉県浦安市は今年、市制施行40周年という節目を迎える。浦安市は東京のベッドタウンとして人口増加を続ける一方、国内屈指のテーマパークである東京ディズニーランド・東京ディズニーシーが立地することでも知られている。

舞浜駅南口。東京ディズニーリゾートの玄関駅として親しまれている

東京ディズニーランドは1983(昭和58)年に開園。しかし当時、京葉線はまだ開業していない。公共交通機関を利用して来園する場合、営団地下鉄(現・東京メトロ)東西線の浦安駅からバスを利用しての来園が一般的だった。

現在、東京ディズニーリゾートの玄関駅として親しまれるJR京葉線の舞浜駅は、1988(昭和63)年に開業。これと前後して、東京ディズニーランド周辺ではオフィシャルホテルが次々にオープンし、その後も2000(平成12)年にイクスピアリが開業、2001年に東京ディズニーシーが開園している。舞浜駅は東京ディズニーリゾートとともに歴史を歩んできた。

高架を走る京葉線の電車

浦安はもともと漁業で栄えた地。東京ディズニーリゾートや舞浜駅が立地する場所も、かつては海だった。海が埋め立て造成され、広大な土地が出現したが、当然ながらそこに地名や町名は存在しない。こうした経緯から、新たに地名が考案されることになる。

長らく、浦安市は公式的に編んだ市史にて、「アメリカのマイアミビーチから“マイ”を借用し、それに“ビーチ”を意味する“浜”を組み合わせて“舞浜”とした」と地名の由来を説明してきた。しかし近年、公文書の整理や郷土史の研究が進み、舞浜の「マイアミビーチ」説が揺らぎ始めている。2019年、浦安市が議会の議事録などを調査したところ、1975(昭和50)年11月29日の浦安町議会において、故・熊川好生町長(当時)が「浦安の舞にちなんで舞浜と名付けた」と説明し、可決した事実を再確認したという。

「浦安の舞」とは、神事に奉納されるために奏でられる歌舞のことで、「浦安」は古代に使われた日本国の美称でもある。従来の説では純洋風のネーミングと思われていた舞浜が、新説では純和風のネーミングということになる。

舞浜の由来である「浦安の舞」説と「マイアミビーチ」説のうち、浦安市は公式サイトで前者を採用している。しかし、訂正ではなく追記という体裁を取り、後者を完全に否定することは避けた。ただし、地名の由来がどちらの説であったとしても、現在の舞浜が東京ディズニーリゾートの影響を受けていることは間違いない。

舞浜駅北口。利用者は少ない
北口の駅前は駐輪場や空き地が広がる

舞浜駅周辺は京葉線を境に南北に区分でき、南側に東京ディズニーリゾートと関連施設などが広がる。北側は京葉線と並行して首都高速湾岸線や東京湾岸道路(国道357号)などが通り、住宅地や広大な駐車場も広がっているが、とくにこれといった施設がないため、京葉線の電車から降りた利用者の大半は南側に流れる。

駅南口はペデストリアンデッキが整備され、視線を少し上に向けると、2001年に開業したディズニーリゾートラインが空を飛ぶように走っていく。舞浜駅周辺にある建物はディズニー関連でなくても、ディズニーの世界観を踏襲しているように見える。駅前交番でさえ、どことなくディズニーを想起させるデザインになっている。

東京ディズニーリゾートを周回するディズニーリゾートライン
周囲を巡回するバスの窓はミッキー形
駅前交番のエクステリアも、どことなくディズニーの世界観を感じさせる
東京ディズニーリゾートの西北角にあるサインモニュメントは、来園者の記念撮影スポットにもなっている
旧江戸川の堤防から葛西臨海公園の観覧車が見える

駅南口のペデストリアンデッキを出て右側へしばらく歩くと、旧江戸川の堤防に突き当たる。川の向こうは東京都江戸川区で、葛西臨海公園の観覧車が見える。東京ディズニーリゾート全体は千葉県に所在しているものの、この風景を目にすると、東京から目と鼻の先にあることを実感できる。

一方、駅南口を左側へしばらく歩くと、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの本社が見えてくる。さらにまっすぐ歩くと、球技場や総合体育館のある浦安市民運動公園に突き当たる。全国から多くの人々が集まる大きなテーマパークと、市民が憩いの場とする公園。隣接している2つの空間の対比は、なかなか興味深い。

舞浜駅南口の目の前にイクスピアリがある
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド本社
浦安市最大の広さを誇る市民運動公園の入口モニュメント

市民運動公園の入口から、京葉線の高架に沿って東へ向かうと、もうひとつの浦安埋立史ともいうべき鉄鋼団地が現れる。高度経済成長期、千葉県は房総半島沖を埋立地として造成。そこを京葉臨海工業地帯とするべく、全力を注いだ。埋立地に誘致された大規模工場によって、千葉県は工業化が進み、経済的にも大きく飛躍することになる。

とくに高度経済成長期、京葉臨海工業地帯にあった工場が日本経済を牽引した。そんな京葉臨海工業地帯の代表的な企業といえるのが、1951(昭和26)年に千葉製鉄所を稼働させた川崎製鉄(現・JFEスチール)と、1965(昭和40)年に君津製鐵所を操業した八幡製鐵(現・日本製鉄)だった。東京湾の千葉県側に大手製鉄所の進出が相次いだこともあり、浦安の埋立地にも鉄鋼関連の工場が集まった。

現在も舞浜近隣には鉄鋼・製鉄関連の工場が多い。夢と魔法の国とは対照的だが、鉄鋼団地はディズニーとともに浦安発展を支えた存在である。

鉄鋼団地に設置されている看板
浦安鉄鋼団地の中心的機能を担う鉄鋼団地会館
東京湾を埋め立てた痕跡ともいえる堤防

鉄鋼団地から京葉線の高架をくぐり、沖側へ歩いていくと、そこには東京湾を埋め立てた痕跡ともいえる堤防が見えてくる。浦安沖の埋め立ては、第一期・第二期というように段階を踏んで実施された。堤防をつくって内側を埋め立てたが、埋め立てに使用された堤防は現在も残されたままになり、その堤防が静かに歴史を伝える。

舞浜駅の目の前こそディズニー一色に染まっているが、少し歩けば浦安発展の歴史をいまも垣間見ることができる。

#駅 #JR東日本 #モノレール


東京湾の埋立地に出現した夢と魔法と鉄の王国 – 舞浜駅(JR京葉線)

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