今年、JR四日市駅は開業130周年を迎えた。 四日市市は人口で県庁所在地の津市を凌ぐ。いわば、三重県の経済中心都市でもある。四日市市が経済的に発展した理由は、明治初期から工業化を進めたことが挙げられる。

伊勢湾の沿岸に築かれた良港・四日市港は、それら工業製品の輸出、原材料の輸入などを一手に引き受ける窓口だった。明治から高度経済成長期が終わるまでの約100年間にわたり四日市の経済・産業面を支えてきた。

時代とともに繁華街が移動し、どことなく寂しい雰囲気が漂うJR四日市駅

明治期から工業化で発展を遂げてきた四日市市内には、JR・近畿日本鉄道(近鉄)・四日市あすなろう鉄道・三岐鉄道・伊勢鉄道などが旅客列車を運行している。そのため、市内にはたくさんの鉄道駅が立地している。そのうち市内中心部に所在しているのが、JRの四日市駅と近鉄四日市駅の2駅だ。

現在、2つの駅は約1.2km離れ、両駅間をバスが行き交う。徒歩なら15分ほどかかる。そのため、2つは別の駅として認識されている。もともと両駅は、現在のJR四日市駅の位置に並んでいた。1956年、近鉄が駅を分離し、現在地へと移転させたことによって2つの駅が離れ離れになった。

こうして四日市の中心部には2つの駅が並存することになるが、四日市は港湾を軸にして発展してきた歴史がある。そのため、国鉄側の四日市駅周辺に商店などが固まり、にぎわいの中心を形成していた。約50年の歳月を経て、四日市駅周辺から往時の面影は失われつつある。それでも四日市駅周辺には、貨物輸送が盛況だった頃の跡がわずかに残っている。

四日市駅から四日市港の間には専用線が敷かれており、頻繁に貨物列車が行き交う

四日市駅は西側に向いている。つまり、駅舎は四日市港に背を向けて立っている。駅の裏には、貨物列車用のコンテナ基地が広がる。この広大なコンテナ基地があるために、駅から港へと向かえる出口はない。いったん駅を出て、踏切を渡らなければ港へ向かうことはできない。駅の北側にある踏切は、かつて四日市駅前の商店街としてにぎわった通りと港を結ぶ。商店街から踏切を渡って少し歩くと、白い煙を立ち上らせる工場群が見えてくる。周辺は大きな工場ばかりになり、いかにも工業都市といった趣になる。

先ほど渡った踏切に立つと、貨物列車の入れ替え作業を頻繁に見ることができる。この踏切にも、「入換中」という珍しい表示が出る。入れ替え作業中、踏切は長い長い待ち時間を要する。本来、長い踏切待ちは単なる時間の浪費でしかない。長い踏切時間を四日市の発展に貢献してきた貨物列車に思いを馳せる時間と捉えれば、長い待ち時間も悪いようには感じないかもしれない。道路の自動車通行量は決して多いようには見えないが、それでも長い遮断時間で踏切の前には長い車列ができてしまう。

「入換中」の表示があるJR四日市駅北側の踏切

踏切を渡った先には、国道23号線がある。さらに直進すると、国道164号線と交差する。23号線沿いにも四日市の工業地帯を形成する多くの企業が営業所・工場を構えているが、164号線沿いにも四日市の重化学工業を牽引してきた九鬼産業が本社工場を構える。

四日市の重化学工業を牽引してきた九鬼産業の本社・工場

江戸時代に製油業を興した同社は、その後も幅広い事業へ進出した。1965年、九鬼グループを率いる九鬼喜久男社長が市長に就任。これを機に、四日市市はさらなる重化学工業路線を進んでいく。四日市の重化学工業化を支えた四日市港には、貨物輸送を円滑化・効率化するために四日市駅から港まで貨物専用線が敷設されている。往時は、この専用線を貨物列車が頻繁に行き交った。

昨今、貨物列車の運行頻度は落ちているものの、それでも四日市港周辺に点在する工場へ物資を運搬する、四日市港から各地の工場へと物資を搬送する貨物列車は健在だ。四日市駅から四日市港へと向かう貨物線の区間には、末広橋梁が架かっている。末広橋梁は現役稼働している国内唯一の跳開式可動鉄道橋で、通常は天にそびえるように橋は上がったままになっている。列車が通過するときだけ、橋が降りる。

駅の東側には工場が多く立地し、煙突から白い煙が出ている光景が広がる

末広橋梁の近くには、自動車や歩行者用のための跳開式可動橋がある。こちらは臨港橋と呼ばれが、末広橋梁とは逆に臨港橋は船が通航するときだけ跳ね上がるようになっている。歩行者・自動車の安全対策として、臨港橋の手前には踏切が設置されている。国内でも”船の踏切”は数少なく珍しい。

跳ね上がった状態の末広橋梁
船の通行時に橋が跳ね上がるため、臨港橋の手前には安全を確保する目的で踏切が設置されている

四日市の重化学工業路線は、1970年代から転換を迫られた。全国の工業都市では公害が深刻な社会問題になる。行政は市民を守るべく、法律で環境基準を制定。法律によって制定された環境基準は工場の煙突ごとに排出される煙の濃度を規制し、それによって公害の低減化を目指した。こうして、行政と工場を操業する企業は市民の生活と健康を守るという公的使命を課せられる。

重化学工業で成長してきた四日市市でも、多くの市民が公害による健康被害に悩まされた。四日市市はそれらを深刻に受け止め、全国よりも厳しい姿勢で臨む。四日市市は工場排煙の総量規制を導入。また、大気汚染の原因とされる工場からの排煙だけではなく、水質汚染の防止にも取り組んだ。こうした環境対策が成果をあげ、市民は少しずつ健康を取り戻していく。

四日市港にパイプラインが埋設されていることを知らせる看板

一方、規制によって四日市市は重化学工業一辺倒ではなく、新たな成長産業を模索する必要に迫られた。そして重化学工業路線から転換が図られていく。工業化からのシフトチェンジは、四日市港のポテンシャルを低下させた。同時に、貨物輸送で物流を支えた四日市駅から活気が薄れる。

産業の構造転換が進んだことで、市の繁華街も近鉄側へと移っていった。現在、四日市繁栄の立役者でもある稲葉三右衛門の銅像が駅と正対しながら立つが、JR四日市駅前には寂しい雰囲気が漂っていることは否めない。それでも地元有志によってにぎわいを取り戻そうとする動きも出てきている。

四日市駅の駅前広場では、四日市になぞらえて毎月4日に四の市というフリーマーケットが開催されている。四の市では、パン屋やカレー屋、カフェなどが出店。小規模ながらイベントスペースも設けられて、バンド演奏などが実施されている。平日・休日を問わず、毎月4日に開催されることもあって人出にはバラツキがある。それでも四の市は地元住民に浸透しつつあり、四日市駅周辺のにぎわいを取り戻す一助として期待されている。

毎月、4日に四日市駅の駅前広場でフリーマケットを開催

#JR東海 #駅


高度経済成長を担った工業都市 四日市駅(JR関西本線)(前編)

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