関西人は、なぜ“阪急”を別格扱いするのか。鉄道ライターの伊原薫氏は「創業時から一貫して『人々の暮らしをより豊かにする』という目標を掲げ、そのための労力を惜しまなかった。それが鉄道会社らしからぬブランド力になった」という——。

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■11年連続1位・阪急電鉄の強さの理由

新商品や新サービスが次々と登場する中、顧客から支持され続けるブランドの構築は企業にとって大きな課題となっている。その中で、関西の私鉄大手・阪急電鉄は、JCSI(日本版顧客満足度調査)の近郊鉄道部門において、11年連続の1位(2020年現在)を獲得。関西人から圧倒的支持を得ている。

その秘訣はどこにあるのだろうか。それを解き明かしたのが、近著『関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか』(交通新聞社新書)だ。

私は「鉄道会社らしからぬブランド力」こそが、阪急が不動の地位を築いた理由だと考えている。本稿では、関西人が阪急を別格だと思う理由を3つに絞って紹介しよう。

①人々の暮らしをより豊かに

阪急電鉄の創始者、小林一三は、日本人なら誰もが知る企業をいくつも生み出してきた。世界初のターミナルデパート「阪急百貨店」や、日本を代表する女性歌劇団「宝塚歌劇」、映画業界のトップランナー「東宝」など……阪急阪神東宝グループを成す企業は、生活のあらゆる場面で活躍しているがゆえ、あらゆる人にとって身近な存在だ。

そして、生活に寄り添うだけではなく、「より豊かな暮らし」という価値を提案し続けていることが、阪急の強固なブランドを支えている。

人々の暮らしをより豊かに——これは創業時から小林を突き動かしてきた原動力だ。阪急電鉄(当時は箕面有馬電気軌道)は開業時、「何もないところをクネクネ走る、田舎のミミズ電車」と揶揄(やゆ)されることもあった。

■「人を運ぶ」ではなく「運ぶ人を生み出す」

というのも、このころの鉄道は、都市間を結ぶものや、すでにある程度発展した市街地を走るのが常識であったのに対して、阪急は、田畑や森林地帯の多い「未開の地」に路線を敷いたのだ。だが小林は、この路線に勝機を見いだした。誰も住んでいない沿線に、鉄道と合わせて住宅開発を手掛けることで、住民を増やし、乗客も増やすという展望を描いた。

そして、単に住めればよいというものではなく、一定の広さやクオリティを確保した住居を用意。当時としては画期的な取り組みとして、全戸に電気や水道を引いたり、住民同士が交流できるコミュニティをつくったりするなど、住民の生活レベルを向上させるためのさまざまな施策も行った。

人を運ぶのではなく、運ぶ人を生み出し、その人の生き方も創り出す——。

それまでの鉄道会社の考え方とは一線を画す考え方が、創業時から貫かれていたのだ。そしてそれは、生活基盤の整備だけでなく、百貨店事業や宝塚などのレジャー事業といった随所にあらわれ、人々により豊かな暮らしを提案してきた。

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■赤茶色でいつもピカピカな車体

②イメージを守るための労力、費用を惜しまない

このように住宅開発や街づくりを進めていく中で、阪急は利用者が「中の上の生活を送ることができる」と感じられるような沿線のブランドイメージを築いていったと言える。

そして、このブランドイメージを細部に至るまで表現するためには、労力や費用も惜しまない。この抜かりなさも、強いブランド構築には欠かせないものの一つだ。

たとえば大阪梅田駅のホームを見てみると、ツルツルで光沢を放っていて、明らかに他の駅とは違う。これは床に塗られた樹脂製ワックスによるもので、駅の床材に合った濃度のものを、毎月1回塗布している。

「マルーン」と呼ばれる赤茶色が印象的な車体もピカピカなイメージがあるだろう。

車体の塗装は、軽い補修の後で本塗りを1回という鉄道会社が多い中、阪急はパテで表面を平滑に仕上げた後、下塗りや本塗りを重ねる。

塗装作業が終わった後は、工場に保管されている色見本の板と見比べて、基準通りの色となっているかをチェックする念の入れよう。これほどまでの手間を、特急車両ではなく一般の通勤車両すべてにかけているのだ。

外観だけではなく、アンゴラヤギの毛を使用した肌触りの良い座席など、車内においても美しさ、快適さを追求している。

■「快適に移動できる」を当たり前に

かつて化学繊維がなかったころ、座席の素材はもちろん天然のものだったが、コスト面や耐久性、あるいは安定供給ができるといったメリットから、ほとんどの会社が化学繊維に切り替えていった。通勤車両で天然素材を使っているのは、今や大手私鉄では阪急くらいだ。

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さらに織物メーカーにとって、阪急用に作っている素材の品質保持は、腕の見せどころだという。というのも、天然素材は天候や生育状態によって毛並に差が出る。これをうまく調整し、いかに一定の品質を保つかが難しい。

また、他社用の素材に比べて毛足が長く、感触を揃えるのに技術を要するほか、阪急のような無地の場合はちょっとした色のムラが目立ってしまうのだ。

阪急の開業時、電車は単なる移動手段としての側面が強かった。

しかし阪急は「快適に移動できる」という概念を電車に付け加え、電車の「当たり前」を変えた。そして美しさや快適性において高いクオリティを維持してきたのだ。

変えていくことと、守ること、その双方をしっかりと機能させ、阪急は強く信頼されるブランドを確立してきた。

■ライバルとの違いをアピールして磨かれた個性

③競合・阪神の存在で差別化

阪急がその地位を確立してきた背景には、競合・阪神との争いの歴史も無視できない。

阪急は開業時から阪神への対抗心をあらわにし、路線延伸を進めてきた。前身である箕面有馬電気軌道が「阪神急行電鉄(通称・阪急)」へと改称したことからもそれが伺える。

阪神が既存の市街地を縫うように走り、駅もこまめに設置したのに対し、阪急は未開発の山側エリアを直線状に結び、駅も少数にとどめるなど、とにかく速達性を重視。

やがて「スピードよりも沿線乗客の利便性を重視する阪神」と「大阪—神戸間を素早く運ぶ阪急」というすみ分けができていった。

このころの両社のポスターには、阪神は「待たずに乗れる阪神電車」、阪急は「綺麗で早うて。ガラアキで眺めの素敵によい涼しい電車」というキャッチコピーが使われている。

この阪急のコピーは小林が自ら考案したもの。乗客の少ないマイナスの状態を、あえて「ガラアキ」と表現しゆったり座れる利点を強調するところに、小林のコピーライターとしての才能も感じさせられる。

1990年代後半になると、JR西日本がシェアを伸ばしたこともあって両社は次第に協調。2006年に阪神が阪急ホールディングスの子会社となり、阪急阪神東宝グループが誕生するが、こうした流れは戦前の両社では考えられなかったことだ。

強力なライバルの存在があったからこそ、そのライバルとの違いをうまくアピールしていく中で、阪急ブランドの個性がより強調されていったと言えるかもしれない。

■創業時からの一貫した目標、惜しまぬ労力……

多くの企業には高い次元の目標・目的意識が必要だ。それは顧客にとって、なぜその企業・ブランドを選ぶのかという理由になり得る。


伊原薫『関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか』(交通新聞社新書)

阪急の場合は創業時から一貫して「人々の暮らしをより豊かにする」という目標を掲げ、「豊かな暮らしができる」「豊かさを感じられる」そんな夢を人々に抱かせ実現し、そのための労力を惜しまずたゆまず続けてきた。

競合会社との熾烈な争いの中では、宣伝・広告においても小林の能力が発揮されてきた。阪急が別格扱いされる理由は、この「鉄道会社らしからぬブランド力」にあるのではないだろうか。

関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか』(交通新聞社新書)では、創業時からの阪急の歩み、阪神との熾烈(しれつ)な争いあれこれのほか、車両や駅・サービスなどに表れるこだわりの数々を紹介している。興味のある方はぜひ本を手に取ってほしい。

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伊原 薫(いはら・かおる)

鉄道ライター・カメラマン

1977年大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。『鉄道ダイヤ情報』『旅の手帖』『鉄道ジャーナル』などの鉄道・旅行雑誌や、「Yahoo!ニュース個人」「乗りものニュース」などのWebニュースで執筆するほか、テレビ番組への出演や監修、地域公共交通に関する講演・アドバイスなど、幅広く活動する。著書に『「技あり!」の京阪電車』(交通新聞社)、『大阪メトロ誕生』(かや書房)、『国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎』(実業之日本社・共著)など。

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(鉄道ライター・カメラマン 伊原 薫)

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「なぜ他の鉄道会社とは違うのか」関西人が阪急を別格だと思う3つの理由

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