JR東日本は11月12日、東海道線特急のリニューアルを発表した。2021年春のダイヤ改正で、特急「踊り子」をE257系リニューアル車両に統一し、40年にわたり活躍してきた既存の特急形電車185系は運行を退く。すでに高崎線など他線区でも引退しており、185系の定期列車運行が終わる。11月18日には、185系の活躍を振り返る特設ウェブページ「メモリアル185」がオープンした。

185系の特急「踊り子」。185系は来年春のダイヤ改正で定期運用を終えることになった

185系は1981(昭和56)年に登場した。筆者は当時14歳。反抗期というか中二病というか、185系の誕生を素直に歓迎できなかった。鉄道雑誌に「特急から普通列車まで幅広く運用する」と書かれていたからだ。当時、国鉄の特急列車といえば、ブルートレインに次いで少年たちの憧れの的。速くて、上等な座席があって、かっこいい。とにかく特別だった。

特急列車が末端区間で普通列車になる、あるいは空いている時間帯に普通列車として運行される事例はあった。各駅に停まるが座席は上等。特急列車の普通車は、普通列車のグリーン車並みの設備で、いわば「乗り得」の普通列車だった。

しかし、185系はあらかじめ普通列車としての運用を前提に作られ、車内設備としては普通列車寄り。特急列車用としては格下だった。雑誌で紹介された室内は転換クロスシートで、リクライニング機構はなかった。当時、東京~伊豆間を結ぶ特急「あまぎ」は183系で、485系に準じた堂々たる姿に簡易リクライニングシートを備えていた。

それがリクライニングなしの185系に置き換えられ、特急「踊り子」となった。特急列車の格が下がり、ヘッドマークは女の子の絵。大人なら文学ゆかりの風雅な名前と理解したかもしれないが、なにしろこちらは一途な鉄道少年だ。筆者にとって185系の第一印象は最悪だった。

■急行形電車153系を置き換えるために作られた

しかし、185系を作った国鉄にも事情がある。当時の国鉄にとって、東京~伊豆間の観光需要は重要だったし、それにふさわしい設備の車両を開発・製造したかったはずだ。だが、国鉄にはそれが許されなかった。東京駅から伊豆方面を結ぶ急行「伊豆」などに使用された急行形電車153系の老朽化が問題となっていた。国鉄は製造から約30年も酷使された電車を新製車両で置き換える必要に迫られていた。

153系は1958(昭和33)年から4年間で630両も作られた。運用末期の153系は普通列車にも使用されており、そのまま置き換えるため、急行列車と普通列車を兼用できる車両が求められた。153系の座席は、近郊形電車113系と同様のボックスシートがずらりと並び、居住性としてはほぼ同じ。違いは乗降扉の数。そして153系は乗降デッキと客室が仕切られており、静粛性も配慮されていた。

この153系を置き換える。本来なら急行列車の運用は新型車両に、普通列車の運用は車両の増備などで対応したかったところだろう。しかし、当時の国鉄は赤字問題で経営合理化を求められていた。そのため、既存の運用をそのまま置き換えられるように、急行列車・普通列車の両方に使える車両を設計した。その意味で、転換クロスシートを採用し、製造時から冷房完備という仕様はグレードアップと言えた。この新型車両に「185系」という形式名が与えられた。

■「エル特急」「新特急」の看板を背負わされて

185系は特急用ではなく、急行用車両として設計された。しかし、ここで新たな展開を迎える。国鉄は経営改善のために増収策を模索していた。そこで運行頻度が高く、人気のある急行列車を特急列車に格上げする計画を進めていた。

1972(昭和47)年にスタートした「エル特急」が好評だったことも背景に挙げられる。エル特急は特急列車のうち、運行本数が多く、毎時0分発などわかりやすい時刻に発車し、自由席を用意した列車群だ。エル特急の運行を増やすため、急行列車を格上げし、特急列車との統合が進められた。伊豆方面についても、特急「あまぎ」と急行「伊豆」を統合する計画が打ち出された。新型車両の投入は絶好の機会だった。

185系は急行「伊豆」に投入されたものの、すぐに統合され、エル特急「踊り子」となった。こんな経緯だからこそ、緑のスリーストライプという斬新な塗装が必要だったのかもしれない。

一方、上野駅を起点として、高崎線などで運用された急行形電車165系も、153系と似た急行・普通兼用の運用だったため、185系(200番台)への置換えが進んだ。こちらも当初は急行として運用されたが、やがて特急へ格上げされた。短距離区間中心の「新特急」の誕生だ。自由席が多かったことや、急行料金との料金格差を抑えるため、特別に安価な自由席特急料金が設定された。これが後に「B特急料金」へ引き継がれていく。

■JR発足後にリニューアル、特急列車らしい座席に

1987(昭和62)年、国鉄が分割民営化し、JR東日本が発足した。国鉄時代の車両の多くはそのまま使われた。そして経営状態が安定すると、特急列車の強化が行われた。新路線で運行される特急「成田エクスプレス」の車両として253系が誕生。常磐線では485系を置き換えるために651系が誕生し、房総地区では183系を置き換えるために255系が投入された。中央本線も183系・189系を置き換えるため、E351系を投入。その後も中央本線や房総地区にE257系、常磐線にE653系が投入され、国鉄時代の車両を置き換えていった。

しかし、格下の185系が走る伊豆方面の特急列車は、251系「スーパービュー踊り子」という新たな看板列車が投入されたものの、新車への更新が進まなかった。485系や183系・189系に比べれば、185系は新しい電車だったからだ。

JR発足後、新たな特急形電車が次々に登場したため、185系の設備はますます見劣りした。そこで1995(平成7)年から、高崎線などで運用される185系を対象にリニューアル工事が行われ、続いて1999(平成11)年から東海道線で運用される185系もリニューアル工事が行われた。リクライニングシートに交換され、内装も一新した。185系は誕生から約20年を経て、ようやく全車両が1人前の特急形電車に生まれ変わった。

高崎線経由の特急「あかぎ」(2012年撮影)。157系の塗装をまとった185系や、湘南色の185系が活躍した時期もあった

とはいえ、走行系機器の古めかしさは否めない。新型車両に比べるとモーター音がうるさく、乗り心地も良くない。185系で運行される特急「踊り子」のメリットは、都心と伊豆方面を乗換えなしで結ぶことだけ。筆者は以前、東海道線内のみで特急列車に乗る知人に対し、185系に乗るくらいならE231系・E233系のグリーン車がおすすめとアドバイスしたことがある。急ぐなら東海道新幹線が良い。急がなければ普通列車のグリーン車が良い。185系の指定席は中途半端な選択といえた。

赤字国鉄の申し子として作られ、「贅沢な急行形電車」となるはずだった185系は、「見劣りのする特急形電車」になってしまった。その結果、「エル特急」の発展、「新特急」の誕生に関与し、B特急料金という制度まで作り出して、特急列車として肯定された。それは親しみやすい特急列車の姿とも言える。

185系は良くも悪くも、それまでの特急列車のイメージを覆した。ただし、40年もの間、ずっと「ボタンを掛け違えたような車両」という印象がある。特急列車としては半端で居心地が悪い電車。そんな目で見ると、なぜか通勤ライナーの用途にはぴったりはまっている。通勤ライナーもまた、快速でも急行でもない半端な列車だった。

185系で運転される「おはようライナー新宿」(2012年撮影)

185系や215系を使用し、東海道線で通勤時間帯に運行されてきた「湘南ライナー」「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」も、来年春のダイヤ改正で消滅する。東海道線から「半端者」が消える。寂しいけれど、なんとなくほっとする。そんな感想を持つ鉄オタは筆者だけだろうか。

#鉄道車両の引退 #国鉄 #JR東日本 #電車 #特急列車


国鉄特急形電車185系、時代に翻弄された「半端者」の40年

関連記事

初代0系風列車でお祝い JR新居浜、伊予西条両駅100年 愛媛

渋谷駅ホーム移設や秋田新幹線の雪落とし装置 土木学会が学会賞表彰 鉄道関係で10件受賞【コラム】

ホームドアない駅は「欄干ない橋」と同じ…視覚障害者に死の恐怖「整備急いで」

北陸新幹線敦賀延伸後、在来線特急の福井方面直通を断念した事情

大坂の「八百八橋」を支えた金融と政治の街 – 淀屋橋駅など(前編)

「阪急レールウェイフェスティバル 2021 ONLINE」8/31まで動画配信