近畿日本鉄道は、「ありがとう 12200系特急 ラストラン乗車ツアー」を11月20日に実施した。当初は8月の実施を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、11月20日に延期されていた。当日は大阪上本町~賢島間と近鉄名古屋~賢島間で12200系の貸切列車が運行され、50年以上にわたる活躍に終止符を打った。

ラストラン記念の特殊看板を掲げた12200系が大阪上本町駅に入線

■オレンジ色と紺色の近鉄特急色も見納め

12200系は1969(昭和44)年にデビューし、近鉄の特急車両では最多となる計168両が製造された。車体前面に貫通扉を設置し、2両編成から10両編成まで自在に編成両数を増減できたため、フレキシブルな運用が可能に。特急列車として大阪線や名古屋線、京都線など近鉄の標準軌線区で活躍した。

今日、関西では近鉄の特急網を総称して「近鉄特急」という呼び名が広く浸透しているが、12200系は汎用系の特急車両として「近鉄特急」の礎を築いたと言っても過言ではないだろう。

大阪上本町駅で12200系の出発式が行われた
特殊看板には「ラストラン 特急 12200系」と記されている
もう見られない「賢島ゆき」の方向幕

12200系の引退により、長年にわたり親しまれてきたオレンジ色と紺色の近鉄特急色も姿を消す。オレンジ色は人間の肌の色、紺色は日本の伝統色である藍色をイメージし、2色を組み合わせることにより、文化的な香り高い近畿地方を表現していたという。1990年代前半に近鉄特急色の塗装を変更する案が持ち上がり、水色の採用案もあったとのこと。最終的にオレンジ色と紺色をより鮮やかにすることで落ち着いた。

■快適性と収容性を両立させた名車に

12200系がデビューした1969年当時、近鉄特急は観光・ビジネスを問わず、多くの利用者がいた。そのため、現場では新車に対し、多くの乗客を乗せられる収容性を求める声が大きかったという。一方、特急専用車両ならではの快適性を追求する必要もあり、結果的に収容性と快適性を同時に両立させた車両となった。

収容性を高める工夫として、折り戸の採用や扉近くに設置された洗面台が挙げられる。洗面台は足踏み式になっており、取っ手を足で踏むと水が出るしくみになっている。

座席は後年になって更新されたが、デビュー当初から本格的なリクライニングシートを採用していた。足を入れられるように、山型のヒーターカバーも導入している

快適性を高める工夫として、本格的なリクライニングシートの採用と広いシートピッチが挙げられる。12200系が活躍した当時の特急車両において、体を起こすと元に戻る簡易リクライニングシートが多く見られたが、12200系では体を起こしてもリクライニングを維持する本格的なリクライニングシートを採用。座席の快適性にこだわる姿勢は、全座席にバックシェルを設けた2020年デビューの「ひのとり」にも受け継がれたといえる。

シートピッチは980mmで、当時の国鉄特急車両よりも広い。足もとには山型のヒーターカバーを導入し、足載せとしても機能した。12200系が50年以上も活躍できた要因に、現代の特急車両と比較しても見劣りしない座席空間が挙げられるだろう。

12200系の車内でトイレを探すと、洋式トイレと和式トイレの両方あった。洋式トイレは後年に設置されたのかと思ったが、じつはそうではない。12200系はデビュー当初から、1970(昭和45)年開催の大阪万博を意識し、当時珍しかった洋式トイレを設置していた。大阪万博から近鉄随一の観光地である伊勢志摩へ移動する外国人観光客に配慮したという。ちなみに、12200系は1975(昭和50)年、英国のエリザベス女王が乗車した車両としても知られる。こうした歴史を見ると、12200系はインターナショナルな電車だったことに改めて気づかされる。

現在ではあまり見られなくなった折り戸
出入口付近に設けられた足踏み式の洗面台
車販準備室は現在、物置きスペースになっている

設備面の最後に、「新スナックカー」という愛称の元になったスナックコーナーにも言及したい。スナックコーナーは軽飲食を提供する場として初期車両に設置され、当時まだ高価だった電子レンジを導入していた。乗客はスナックコーナーで注文し、スタッフが軽飲食を座席まで運ぶしくみだった。コーヒーやカレーライスなどのメニューが用意され、おもに名阪特急で営業したという。しかし、座席確保などの理由により、スナックコーナーは撤去された。

以前、筆者が乗車した12200系では、スナックコーナーに代わって車販準備室が設置されていた。後に車販準備室も撤去され、物置きスペースになった。

■往年の走りは健在、近鉄社員によるはなむけの言葉も

12200系のラストランとなった11月20日、大阪上本町駅で出発式が開催され、11時33分に8両編成の12200系が8番線ホームに入線。「特急 賢島」の表示とともに、ラストラン記念の特別看板を掲げ、11時53分に大阪上本町駅を発車した。すべての定期列車が停車する鶴橋駅を通過した後、90km/hほどのスピードで大阪線を東へ向かう。車内放送では懐かしのチャイムが流れ、昭和の近鉄特急をほうふつとさせた。

初期車両に設けられたスナックコーナーの写真(上)
大阪上本町発賢島行は4両編成の12200系を2編成連結した8両編成で運行された
12200系の運転台(担当者の立会いの下で撮影)

12時18分、橿原線との接続駅である大和八木駅へ。通過する際、近鉄独特の「ビー」という警笛音が聞こえた。その後は急勾配が続いたが、強力モーターによって難なく通過していく。12時40分、名張駅に1~2分ほど停車したが、扉は開かず。近鉄最長のトンネルである新青山トンネルを通過し、12時55分頃、東青山駅に停車する。ここで近鉄職員による12200系の解説が行われ、その最中に「ひのとり」が12200系を追い抜いていった。

13時15分、伊勢中川駅を静々と通過し、山田線・鳥羽線を走行する。13時55分、鳥羽駅に停車し、隣のホームから発車する観光特急「しまかぜ」を見送った後、カーブの多い志摩線を終点の賢島駅へ向けてラストスパート。賢島駅に到着する直前、近鉄社員によるメッセージも聞かれた。「この車両は特急列車として賢島駅に入線することは本日限りもうございません」とのメッセージに、車内もしんみりとした雰囲気に。14時35分、12200系は賢島駅に到着。10分ほど停車した後、回送列車となって14時45分に発車し、志摩磯部方面へ引き上げていった。

鳥羽駅で観光特急「しまかぜ」を見る
賢島駅に到着した12200系。志摩磯部方面へ引き上げていった

12200系は今年限りで姿を消すが、12200系を改造した「あおぞら II」「かぎろひ」は現在も活躍している。来年春には、12200系1編成を改造した観光特急「あをによし」がデビューする予定だ。近鉄特急の伝統を継承しつつ、激動する時代にもうまく対応した観光特急となって、より発展することを願いたい。

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近鉄12200系ラストラン – 近鉄特急の礎を築いた車両、活躍に終止符

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