JARTSが支援した台湾新幹線(台湾高速鉄道)。路線は台北ー高雄間345kmで、最初の開業は2007年。日本の新幹線技術が採用されました。

鉄道系ニュースサイトでは、海外技術展開の話題が飛び交います。日本からの技術輸出の原動力はもちろんメーカーや鉄道事業者ですが、もう一つ、メーカーや事業者を海外に紹介したり、外国の要人を招へいする専門機関も重要な役割を果たします。

その中から、東京に本部を置く「海外鉄道技術協力協会(JARTS=JApan Railway Technical Service)」を取り上げます。設立は1965年で、2021年9月で56周年。「日本の鉄道システムの海外普及に資するとともに、国際協力に貢献する」を旗印に掲げるJARTSは、技術輸出の先導役を務めます。折しも編著書の「これからの海外都市鉄道ー計画、建設。運営ー」が、46回目の「交通図書賞」受賞というトピックスがあったばかり。本稿前半はJARTSの歩みと機能、後半は鉄道を深く知るのに好適な編著書を紹介します。

創設は前回の東京オリンピック翌年

JARTS発足の1965年は、鉄道の世界では国鉄が指定席券窓口の「みどりの窓口」を開設した年として知られますが、それよりインパクトがあったのは、前回の東京オリンピック・パラリンピックが開かれた1964年に開業した東海道新幹線。世界のアスリートの活躍とともに、各国で放映された世界初の本格的な高速鉄道は、日本の鉄道技術の高さを強烈に印象付け、文字通りのレガシー(伝説)になりました。

オリンピック後、当時の国鉄には多くの技術支援の案件が寄せられましたが、〝官の立場〟だった国鉄が技術協力するには制約がありました。そこで、国鉄だけでなく民間の力も活用して海外展開するための推進機関として、JARTSが設立されることになりました。

「制約がありました」と聞いても、やれ駅ビル、やれホテルと、鉄道事業者の関連事業花盛りの現代からは想像しにくいかもしれません。機会があれば紹介しますが、例えば当時の駅ビルは国鉄の資本が入らない純民間企業で、ベテラン鉄道ファンの皆さんは「民衆駅」の呼び名をお聞きになったことがあるかもしれません。JARTSも、考え方の基本には似た点があります。

JICと機能分け合う

国際会合で日本の鉄道技術をPRするのもJARTSの役割。2016年に長野県軽井沢町で開かれたG7交通大臣会合では、会場にブース出展しました。写真はフォトセッションで、左から4人目は石井啓一国土交通大臣(当時)(写真:筆者撮影)

国鉄、JRを通じた約半世紀、JARTSは海外鉄道案件で日本の鉄道技術のプロモーションやコンサルタントを手掛けてきました。この間に手掛けたプロジェクトはざっと400件余り。主な件名にはザイール(現コンゴ民主共和国)・マタディ橋、台湾高速鉄道(台湾新幹線)、トルコ・ボスポラス海峡トンネルなどが並びます。

最近も米国でセミナーを開催するほか、インドなどの政府・鉄道関係者を日本に招請。コロナ禍で若干不透明な部分はありますが、インドの高速鉄道を日本が受注できたのはJARTSの力も見逃せません。

近年の大きな変化では、2012年の日本コンサルタンツ(JIC)へのコンサルタント・エンジニアリング業務の事業譲渡が挙げられます。JR東日本、JR西日本、東京メトロなどが出資して2011年に設立されたJICは、日本の弱点とされた交通(鉄道)専門のコンサルタント企業。海外案件が数多く浮上する中で実務はJIC、啓発活動やセミナー、人材育成といった基本部分はJARTSと役割を分け合うことで、競争力を高めました。

2019年11月に千葉市の幕張メッセで開催された、6回目の「鉄道技術展」をJARTSが招請したアジアの研修生が視察。会場ではレセプションも開かれました。(写真:筆者撮影)

編集書は英名「キスレール」!?

東南アジアの鉄道風景をあしらった「これからの海外都市鉄道」表紙(画像:「これからの海外都市鉄道」から)

JARTSの編著書「これからの海外都市鉄道」は2020年3月に発行、2021年3月に交通図書賞の受賞が決まりました。JARTSの書籍では2005年に初版、2015年に改訂版が発行された「世界の鉄道」を手に、海外の鉄道を乗り歩くファンも少なくないと思います。

今回の書籍はもう少し上級者向けで、鉄道の専門家から、交通街づくりを学ぶ学生、鉄道を深く知りたいファンが、手元に置くのに最適な専門書といえます。英語のタイトルは「KISS-RAIL 2.0」。Keys to Implement Successfully Sustainable Urban Railwaysの頭文字で、「環境特性に優れ、利用される都市鉄道を実現するための鍵」といった意味でしょうか。

タイトルに「2.0」とあるのは、再版だから。2005年の初版は英語版だけでしたが、今回は初めての日本語版も刊行されました。内容も全面的にアップデートしたため、2.0と銘打ちました。

編集委員には政策研究大学院大学の家田仁教授(委員長)をはじめ、国土交通省やJR東日本、東京メトロ、国際協力機構(JICA)、JICなどの専門家が名を連ねます。「都市鉄道の成立条件」「プロジェクトの計画から工事着手まで」「都市鉄道システムの評価と設計」「財源の調達と財務」「運営方法の設計」「都市鉄道の持続的オペレーション」など、章立てで鉄道の計画から建設、開業、運営までを詳述します。

日本の鉄道を紹介する教科書

JARTSの書籍というと、中身は海外鉄道の話だけと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、内容の多くは日本の鉄道システムの紹介に充てられます。本書の英語版は、海外の行政や交通・鉄道事業者、街づくりの担当者、学生が、〝日本の鉄道システムを知るための教科書〟といえそうです。

具体的に、日本の都市鉄道の特徴といえる「相互直通運転」の章を見てみましょう。東京の鉄道ネットワークは私鉄に山手線内への路線延長を認めず、都心部は公営の路面電車(都電)やバス(都バス)が輸送を受け持つ形での都市政策が進められました。

戦後になって山手線内に地下鉄が路線網を拡大しましたが、ターミナル駅で国鉄(JR)や私鉄から地下鉄への乗り換えは不便。そこで相直という鉄道整備手法が考案・採用され、今や多くのJRや私鉄は東京メトロ、都営地下鉄と相直します。

ロンドン市地下鉄の路線網とゾーン表示。日本の鉄軌道では、大阪の阪堺電気軌道(路面電車)や仙台市営地下鉄が数少ないゾーン制の採用例です。(画像:「これからの海外都市鉄道」から)

メトロの車両は東急線を走って〝わが家〟に帰る

相直は接続駅で線路をつなげばOKと思いがちですが、本当に大変なのは開業後のソフト面。相直の乗り入れ先でダイヤが乱れた場合の対応策や回復方法(専門用語では「運転整理」というそうです)、運行経費の精算方法などを会社間であれこれ調整する必要があり、多くの労力や時間を必要とします。しかし、東京圏では協議過程をマニュアル化してきたことで、相直がスムーズに進むようになりました。

相直には、こんなメリットもあります。ファンの方はご存じかもしれませんが、渋谷と押上を結ぶ東京メトロ半蔵門線の車両基地があるのは渋谷から15km以上も離れた川崎市の鷺沼です。メトロの車両は相直する東急田園都市線を経由して、鷺沼車両基地に向かいます。鷺沼には元々、東急の車両基地があったのですが、半蔵門線開業に当たり、東急が東京メトロ(実際は前身の帝都高速度交通営団)に譲渡したのです。相直する鉄道があれば、わざわざ地価の高い都心部に車両基地を置く必要がなくなります。

鉄道版「ツルの恩返し」!?

前章で取り上げたメトロ鷺沼車両基地の話題は、本書にこぼれ話のコラムとして掲載されています。コラムは全部で50本近く、鉄道のトリビア満載。拾い読みするだけでも、ちょっとした〝鉄道博士〟になれそうです。

その中で、私が秀逸と思えた一本。明治時代の鉄道黎明期、お雇い外国人のイギリス人が鉄道建設や列車運行に当たっていました。運行課長だったのがページさん(ウォルター・ページ)。日本人職員がダイヤの作り方を聞いても絶対に教えず、ダイヤ作成時は部屋のドアを閉めて、作業を誰にも見せませんでした。

ある日、少しだけ開いたドアの透き間から日本人職員がこっそりのぞくと……。ページさんは大きな紙を広げて並んだ横線の間に斜めの線を引いていました。こうして日本人はダイヤ(ダイヤグラム)の引き方を知ったのでした。私は思わず、「鉄道版・ツルの恩返し」と呼びたくなりました。

「これからの海外都市鉄道」はB5サイズ、303ページ。写真や図版多数。私はコラムや記事を書く際の辞書代わりに活用しています。制作・発売は出版社のぎょうせいで、一般書店やインターネット書店で購入できます。

全自動運転のドバイメトロと下路式高架橋。鉄道は近代的でも、何もない駅前や高架下に日本との違いを感じます。(画像:「これからの海外都市鉄道」から)
カイロメトロ(エジプト)の車両基地。車両は日本よりやや小ぶりのように見えます。ドアが外吊りというのが外観上の特徴です。(画像:「これからの海外都市鉄道」から)

文:上里夏生

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日本の鉄道システムを海外へ 半世紀を超す歴史持つJARTSの役割は? 編著書が「交通図書賞」受賞

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